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「ユノの恨と僕の和:アイデンティティ×アイデンティティ」

超個人的意見です。さらりと流して下さい。

母国で大活躍中の東方神起です。歌番組以外にも多数のバラエティ番組に出演、普段見る事が出来ない彼らの姿を字幕なしながら、何となく見てみるけれど、事前に収録に行ったカシオペア情報だったりこれまたツイッターなんかで訳を入れてくれる方がいたりで意外と弊害なく楽しめてしまう神起コミニュティ。このネットワークの強さにはいつも感心するし、少しばかり恐怖も感じる。

そんなバラエティ番組、2人はそれなりに東方神起ということをわきまえつつ、やはり素の青年の部分が垣間見えて何となく親近感が湧いたり、2人が一緒に立つ姿に見慣れてしまっているが、芸人やタレントの人と一緒に並んでいる姿に抜群のスタイルの良さに改めて感心してみたり。番組内容云々は置いておいて、2人の「人として」の発見ができるわけでなかなか楽しかったする。

ただひとつ気になったというか、何となく心に止まった事があった。それは先日放送された勝負の神でのこと、早く泣く勝負みたいなプログラムでユノが口にした「私は普段、心の中に恨があり、すぐにでも泣ける」と言った事。直訳のニュアンスが少し違うかもしれないけれど大まかにはこんな内容だったと思われ…。

ユノがどういうつもりでこの「恨」を口にしたのかはユノにしかわからないし、文字にするととても堅くかなりヘビーに見えてしまうけど、バラエティ的に笑わすための自虐ギャグリップサービスだったのかもしれないし、または本心だったのかもしれない。それは本当に本当にユノしか知らない事。

ここからは滅茶苦茶個人的意見です!

僕が気になったのは「恨(ハン)」という言葉。韓国特有の考えである「恨の精神」という言葉を思い出した。言葉だけは何となく聞いた事があったけれど具体的にどういう事かわからなかったので色々とググってみた。所謂日本人が安易に連想してしまう恨みや妬みとはまた違う深い感情と言おうか道徳観と言おうか情念と言おうか朝鮮アイデンティティ的なサムシング。ほとんどの日本人が理解することができないと言われるこの恨の精神。恨というアイデンティティ調和をとり赦し認め受入れ水に流す「和の精神」を持つ日本人とは土台が違うのかもしれないと考えさせられた。僕にはすぐ理解できない何か深く蓄積された一般理論を越えた細胞レベルと言うか刻み込まれた歴史と言おうかある種「古の血」のようなものを感じ、上手な言葉が見つからないけれど、少しだけ胸がキリリとした。

日本の文化を理解しようとする姿勢、人しての大きさと優しさ、日本のメロディを日本語を理解して歌う東方神起。そこから生まれる絶大な親近感と安心感で少し勘違いというか履違えそうになるけれど、「恨の精神」を調べる事でやはり東方神起の2人も生粋の韓国男子なんだよなと改めて考えさせられた。いや当り前なんですけど…だから何?って言われてもアレですけど…。

たった1つのワードで違いを感じてしまう僕自身も彼らとは違う種類なのだと血が気付いているのかもしれない。これまただからなんなんだよと聞かれても正直なんでもないけどさと言うしかほかない事も事実だったりする。けれど何も気付かないでミーハーにワーキャー言うよりも知っていた方が良い気がするし、こちらも知る事で歩み寄る事ができるし、若干の切なさを感じるのは2人が好きだからということでそんな感情を素直に受入れようとも思う。それはやはり僕が和の精神をもっているからなのかもしれない…。意味不明ですみません…。

自分でも何が言いたいのかわけがわからなくなってしまったけれど、自分の思いやイメージを勝手に押し付けて東方神起の2人だけは違うなどと考えてはいけない。土台や根底に流れるアイデンティティの違い、それらを知る事で、2人が日本の文化を学び日本を知ったように、僕も理解し難いアレやコレを東方神起というフィルターを通してでも少しずつでも知っていけたらいいなと思った。そしてそれこそが2人をもっと知る事なのだろうと思った。

僕の考えは間違っているのかも知れない、近くて遠い国、答えはまだまだ先。

でもね、根底から見つめると違うかもしれないけれど、大きな空の下から見つめれば一緒だよねと思うんですよ…思いたいんですよ…。そして和の精神をもつ日本人ならば乗り越えられると思うんですよ…思いたいんですよ…。

うーん傲慢なのかな…今回の記事は何が言いたいのか自分でも意味がわからないし全然まとまってなさ過ぎかも…乱文失礼いたしました。

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