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「鬼束ちひろ/絶唱の歌姫」

超個人的意見です。さらりと流してください。
 
2016年12月7日 FNS歌謡祭に鬼束ちひろが出演した。
 
緊張が溢れている表情、震える手、不安定ながら全身全霊を込めた月光は魂の絶唱だった。テレビで月光を披露したのは12年ぶりとのことで、復活と囃し立てていたけれど、以前にも復活をうたい彼女はメディアに登場している。約9年前(2007年6月1日、Mステ、僕らの音楽出演)当時の復活劇は絶望でしかなかった。人形のように精気を失った眼差しと魂の抜け切った歌声、吹けば消えてなくなりそうなスカスカの流星群に涙が止まらなかったことを今でも忘れない。
 
あれから約9年の時を経て、鬼束ちひろがテレビで月光を歌った。
 
ちゃんと魂のこもった歌声だった。あの時の絶望を今の歌声でやっと昇華することができる。これまでの経緯を知らずに今の姿しか知らない人から見れば声もピッチもボロボロだったかもしれない、決して完璧には歌えていなかったけど、ちゃんと鬼束ちひろの月光だった。
 
やっとテレビで歌えた、しかも月光を、おかえりなさい、あの時とは違う涙が止まらなかった。
 
|これまでの鬼束ちひろ
 
鬼束ちひろといえば月光、月光といえば鬼束ちひろというほどに鬼束ちひろと言えば月光。今でも色褪せなることのない名曲なわけだけど、僕が彼女を初めて知ったのは月光の前の1stシングルシャインという曲だった。深夜の音楽番組だったと思う、ピアノを弾きながら何やらただ事ではない苦悩と葛藤が繰り広げられていく歌世界、鍵盤とともに思いを叩きつけるように歌う姿に釘付けになった。
 
それからテレビドラマTRICKの主題歌として起用されたセカンドシングル月光が確変を起こしてロングランの大ヒット、その後のシングルもスマッシュヒットを続け、満を持してリリースされた1stアルバムインソムニアは100万枚を超えて大ヒット、鬼束ちひろはみるみるうちに時代を代表するアーティストの階段を駆け上がっていった。
 
悲恋と狂気を美しいメロディと独特の澄んだ歌声で歌った月光はあまりにも言葉が繊細で強すぎたこともあり、彼女の存在が大きくなっていくと共に楽曲もひとり歩きを始め、偏った見方をする人たちが増えて行くことが少し気がかりだった
 
僕は鬼束ちひろ羽毛田丈史氏が作り出す世界感が大好きだった。
 
ピアノとストリングを基調として、余計なものはなるべく削ぎ落とした生の歌声が映える音作り。二人の音楽の相性はこれ以上はないほどに良かったのだと思う。二人のタッグは2ndアルバムThis Armor、3rdアルバムSugarHighまで続いた。鬼束ちひろの世界観は1st、2nd、3rdへとアルバムを出すごとに研ぎ澄まされて行き、紡ぐ言葉はより難解に、さらに抽象的になりメロディは美しく強く張り詰めていった。そして3rdアルバムSugarHighをリリースした時に鬼束ちひろという音楽の世界観はひとつの完成と終焉を迎えた。
 
僕の好きな鬼束ちひろはこの時に一度終わったのかもしれない。
 
わずか9曲しか収録されなかった3rdアルバムSugarHigh、2ndアルバムから1年と経たずにリリースされた3rdアルバムはどの曲も恐ろしいほどの高いクオリティと独立した世界感を持ち、収録に選び抜かれた9曲以外は、わずかな隙間も音も言葉も空気も必要ないほどの完全完璧な音楽アルバムだった。僕の人生で重大なアルバムを何枚か選ぶとすれば必ず選ばなくてはいけないアルバムの1枚だと思っている。
 
これ以上鬼束ちひろはどう鬼束ちひろになるのだろう…そう途方に暮れるほどの完璧なアルバムを世に送り、これからの鬼束ちひろに大きく期待をした矢先、予想は不安へと駒を進めてしまう。SugarHigh以降の彼女の音楽活動は下降して行くことになる。
 
SugarHigh以降リリースした新しいジャンルのシングルや山口百恵のカバーはどれも的を得たとは言えなかったと思う。そして体調を崩し、一番大切な喉も壊してしまう。様々なネガティブ要因が重なり、私とワルツを最後に彼女の活動はさらに深く深く下降していく。
 
所属事務所を変えリリースした育つ雑草はこれまでのビジュアルとイメージを大きく変え過去を切り捨てるように再起をはかったものの、ファンはそれを上手に受け取ることはなかった。そしてわずか数ヶ月で鬼束ちひろは完全に沈黙してしまう。
 
それでも鬼束ちひろの受難は止むことはなかった。
 
数年の時を経て、彼女はシーンに戻ってくることになる。まさかの小林武史のプロデュース、当時は本当に驚いた。何度目かの鬼束ちひろへの不安と期待、蓋を開けた瞬間、答えは絶望だった。
 
復帰シングルeveryhomeをリリースした直後、鬼束ちひろは幾つかの音楽番組に出演した。多くのファンが彼女の歌を待ちわびたことだったと思う。そんな中、テレビに映る彼女はまるで病み上がりとも言えない状態で無理やりシーンに引っ張り出されてきたように頼りなかった。ふらふらのスカスカ、魂の抜け切った歌声にかつての鬼束ちひろの姿はなかった。
 
どんな風に捉えたらいいのかわからない、どんな風にあの姿を他のファンが捉えるのかわからない、よくぞ戻ってきてくれたと喜ぶ人もいたかもしれない、勇気づけられた人もいたかもしれない、でも僕にとっては歌えなければ意味がなかった。望んだのはそんなことではなかった。力なく歌う姿に、失われてしまった輝きに、涙があとからあとから溢れて止まらなかった。ただただ悔しかった。悲しかった。
 
それでも僕は鬼束ちひろの音楽を諦められなかった。
 
再始動後の4thアルバムLASVEGAS、5thアルバムDOROTHY、6thアルバム剣と楓とアルバムがリリースされるごとにチェックは怠らなかったし5th、6thと素晴らしいアルバムだと思う。けれどどのアルバムも僕の中でSugarHighを越えることはなかった。
 
次第にメディアでは彼女の音楽よりも過激になっていく姿や言動にフォーカスされることが増え、それに反比例して鬼束ちひろの音楽は雑になっていった。バンドを組みアルバムを出したこともあったけれどそれには全く興味がなかった。どんな姿になってもかまわないしどんな行動や言動を取っても僕はかまわなかった。そんなことよりも潰れていく才能が、下降し続ける鬼束ちひろの音楽がただただ悔しかった。楽曲が良くなければ、それを歌えなければ僕にとっては意味がなかった。
 
1stから3rdまで彼女が本当に輝いていたのは東芝EMIに在籍していたわずか3年で、残りの十数年は過去の幻を追いかけているようなものだった。後に東芝EMI時代の確執やイメージへの苦悩を吐露しているけど、多くのファンが求め続けたのは何年経ってもやはり東芝時代の鬼束ちひろなのだろうと思う。
 
時代に褪せない唯一無二の美しく強いメロディと言葉を紡ぎ出し全身全霊で歌うことができる天才、稀代のシンガーソングライター、それこそが鬼束ちひろの真価だと僕は信じて疑わない
 
|2016年11月4日 鬼束ちひろのコンサートへ行く
 
2016年11月2日、鬼束ちひろが久しぶりに新曲good bye my loveをメジャーレーベルよりリリースした。完全復活と銘入った新曲は本当にかつての鬼束ちひろを彷彿させるような姿、そして歌声を誇っていた。
 
 
シングルに期待はできたものの、単独ライブに足を運ぶのが正直怖かった。奇跡の復活を遂げたナインダーツ、迷走に迷走を重ねたアリゾナ、今回はどちらになるのか、正直不安しかなかった。
 
チェロとピアノとパーカッション、バックは3名のみ、至ってシンプルな構成で新曲や往年の楽曲を披露していく鬼束ちひろ。はじめの数曲は動きや音の取り方が少々怪しく歌声もおぼつかない場面がありこれは…と不安を掻き立てられたけれど、曲が進むにつれて次第に豊かになっていく声量や伸びる高音、時に優しくたおやかな歌声、場面場面で声の表情を変え歌を重ねていくたびに身を削りながらも力を増幅させて大きくなっていく鬼束ちひろはまさに絶唱の歌姫だった。
 
歌っていることが嬉しくてやっぱり何度も泣いてしまった。
 
彼女が選んだスタイルかもしれないけれど、今回のコンサートはMCなし、休憩なしで最初から最後まで全17曲をぶっ通しの歌いっぱなし、まるで何かと戦っているようだった。それはそれでかっこいいと思う。でもあんな無茶なコンサートは喉を痛める恐れもある。
 
どうかもっと自分を大切にして欲しい。
 
ファンが求める姿と本当にやりたい音楽へのギャップに折り合いをつけられたのか少々気がかりなものの、今回のコンサートは往年の鬼束ちひろの姿と音楽だった。
 
低音がボロボロだったりピッチが怪しかったりと完全復活というにはまだ遠かったけれど、行ってよかったと心から思えるコンサートだった。
 
|これからの鬼束ちひろ
 
11月のコンサート、そして先日のFNS歌謡祭での絶唱、少しずつ光が差してきている気がしてならない、来年2月には6年ぶりのオリジナルアルバムのリリースが待っている。
 
絶対に叶わない願いがこの世にはあって、その一つが鬼束ちひろがあの頃を取り戻すことで、それは奇跡に近いことなのかもしれないし、僕のエゴなのかもしれない。今の鬼束ちひろには今の良さがある、それもわかっている。だけど鬼束ちひろという天才ならば奇跡が起こるのかもしれない。
 
だからもう少し、僕は願いを追いかけてみようと思う。